20 11 / 2011
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川向こうだけど「畑の学校」をやっているところがあって、
お金ないけど必死こいて行ってきた。
4回通うと、小さい畑が借りれる。生徒は「LOHAS層」「すでに畑もってやってる層」「まあまあやってる層」に分かれていた。
なんか断言するのもおかしいけど、とりあえず、私の目からはそう見えた。
そして、LOHAS層は20~30代くらいに多く、50~60代くらいの人たちは、
「死んだ親が残した農地がもったいないからなんとかしなくちゃ」
だった。この「親が残した農地もったいない」っていうモチベーションは
あまり今まで聞いたことなかったので新鮮だった。先生は「植物の生態」に詳しい
ある種の雑草が超生えたらどうするか?
先生は「そのままにしておく」んだそうだ。
「ある種だけの雑草がものすごい生えたら、今度は内部分裂が起きてお互いにケンカしはじめる」植物ってすげえ悟っててエライってずっと思ってたけど、
なんだ、人間と同じなんだって思った昨日は
「苗はできたら大きさをそろえて、同じ大きさのもの同志植える。そうすると、みんなが負けないように頑張って伸びるから」
へえーとか話を聞いていたら、きづいたら
隣に生徒じゃない人たちが2人ぐらい20センチくらいの短いごぼうを持って立ってた。
「これ2年目なんだーやっとここまでできたー」とかいって、
先生の友達みたい。そのうちの一人の人が、野菜の授業をやってるのに、
その隣でいきなり
「野菜なんてどうせ栽培種だから手間かけてやんないと育たないし薬効もない」
とかいいだして、なんだなんだ、この畑という空間は! と興奮してきた。
仕切りがないから、違うクラスタも入ろうと思えば入れるし、
隣で「ケッ」とか言ってても許されるほど広い広い土地。
そして、小さい農地が密集しているこの辺だから、起きる現象でもあった。俺は気づいたら畑を「人が集まる場」として
実感しはじめていた。でもそんな人たちはやがて帰っていき、
私は普通に授業を終えてまた帰ろうと思ったら、
その野菜をdisってたおじさんが立ってた。
話聞いたら、PCCJのパーマカルチャー塾卒業生だそうだ。そして、近所でやっているプロはだしが
共同運営している畑に誘われた。今まで「区役所に行く途中に見える景色」でしかなかった畑で、
人がうにうに広まり、活動していることを知った。坂口恭平さんが「世界はいく層のレイヤーでできている」と言ったことがある。
見る人によって世界は全然違うという意味だ。新たなレイヤーを発見して、そこに行くって、面白い。
野菜をdisってたおじさんは、
何度も何度も「視点を変えて見えてきたものを実行すればいいんだ」って言ってた。おじさんは共同の畑のほかに他県に山を持っていて開墾し、
そこに果樹を植えているんだそう。果樹は世話しなくていいものを植えて、収穫の時とか気が向いたときに行く
共同の畑はまあまあ世話する。
家でもすぐ食べられるものとかすぐ収穫するとおいしいものを育てるそうやってやっていけば、超楽ちんで生活できるよ、って言ってた。
多分、これは何かに言わされてるんだな、と思って、黙って聞いてた。
私もよくあるから。なんか場の雰囲気と流れで別に言わなくていいことが止まらなく口から出てくることが。で、聞いてたら、坂口恭平さんの「レイヤー」と「畑」っていう場って面白いな、
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と思って、今このブログ書いてる。
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